蜂の子の歴史

蜂の子は、滋養強壮に効く健康食品として知られています。普段なかなか口にする機会がありませんが、蜂の子にはとても長い歴史があるのです。ここでは、蜂の子の歴史について見ていきましょう。

日本での蜂の子の歴史

日本において蜂の子が出てくる文献として最も古いものは、江戸時代の1712年に発行された「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」という百科事典です。この中で、クロスズメバチ・スズメバチ・キイロスズメバチが食用とされていたことが記載されています。その他、江戸時代の書物には、蜂の幼虫には甘味がある、醤油で味付けして客をもてなすのに使われた、といった記述も残されているのです。

明治時代の1910年には、長野県の実業家が蜂の子の佃煮を入れた缶詰を発売しました。これが全国的なヒット商品となり、蜂の子を採るための業者が、長野県や岐阜県で活発に採取を行うようになったのです。昭和以降になると、輸送技術が発達して食文化も変化したことで、蜂の子の人気も落ち着きました。現在では、地方の郷土料理として伝わっているくらいで、蜂の子を一度も食べたことのない方が多くなっています。

世界での蜂の子の歴史

蜂の子は、貴重なタンパク源として、日本だけでなく世界各国で親しまれている食材です。中国・東南アジア・メキシコ・エクアドル・ルーマニア・アフリカ南部などで食用とされています。特に、蜂の子が文化として浸透している中国とタイについて見ていきましょう。

中国

中国では、西洋ミツバチの雄のサナギを、古くから漢方薬として利用していました。約2000年前に書かれた中国最古の薬学書「神農本草経」においても、蜂の子は体に害を与えずに体質を徐々に改善していく上薬として分類されています。

現在では、漢方薬としての蜂の子や、冷凍された生の蜂の子が中国から多く輸入されています。

タイ

タイ語として使用されている44文字のうち1つは、蜂の羽の形がもとになって生み出されました。これは、13世紀のスコータイ朝の王・ラームカムヘーンが、庶民に身近なものとして蜂を選んで文字を考案したためです。また、タイは国土の大半が熱帯サバナ気候に属し、気候の変動が緩やかで自然環境も豊富なことから昆虫食文化が定着しています。こうしたことからも、タイにおいて蜂の子が古くから親しまれていたことがうかがえるでしょう。

現在では、高級ホテルのメニューにも蜂の子が加えられているほか、国道沿いの屋台で蜂の子が詰まったままのハチの巣を炙ったものが販売されています。

まとめ

人と養蜂の歴史はとても古く、蜂の子もまた、蜂から得られる食材として古くから親しまれてきました。特に中国では、約2000年前の書物に記載されているほど、長い歴史を持つ健康食品なのです。

昆虫食は、21世紀に予想される食糧危機への対策として期待されています。その中でも、長い歴史によって健康効果が裏付けられている蜂の子は、私たちにとって欠かせない食材となっていくことでしょう。